「どうして嘘を吐いた?」
 喫茶店に入り、注文した飲み物が出そろったところで圭は口火を切った。
「………なんのことかしら」
「とぼけるなよ。真加部俊郎の想い人―――小百合さんは少なくとも永久子、お前じゃないはずだ」
 圭は確信をもってそう告げる。永久子は紅茶をひとくち口に含むと瞼を伏せた。
「………変だと思ったんだ。あれだけ小百合さんに執着していた真加部が、月日が経っていたとはいえ目の前に本人がいて気づかないなんてことがあるのか」
 圭は彼女から視線を逸らし、手元のコーヒーを飲むでもなく言葉を続けた。
「名前を変えたくらいだもの。顔を変えていても不思議はないのじゃない?」
「そうかもしれない。けど小学生の彼女がそこまでして姿を消したのはなぜだ?」
 そもそも、魔女とはいえ子供がそう簡単に収容されていた病院から姿をくらませることができるとは思えない。
「おそらく、小百合さんは既に死んでいる」

3 / 3

アイコン 退会ユーザー

 オープンテラスが設えられた喫茶店内は、床まで届く窓の向こうから差し込む陽光のお陰で、とても明るい雰囲気を持っていた。
 屋内の一席にて圭と向かい合って座り、襟元にリボンを結んだ真っ白なブラウスと紺色のスカートを身に着けている永久子は、紅茶を一口飲んでカップをテーブルに置くと、口を開いた。
「賭けは貴方の勝ちよ」
 続こうとした台詞に先回りして、圭は首を振る。
「完璧な結末じゃない。一人死なせた。俺は……」
「何も出来なかった訳じゃないでしょう」
 思いの外優しい色を含んだ言葉に、圭は顔を上げた。
「馬鹿で、無謀で。私を決してひとりにしないと誓ってくれた、優しい人。今の私の心臓を動かしているのは、紛れも無く無く貴方よ」
 永久子は柔らかい笑みを浮かべて、こう言う。
「永久を約束することは出来ないわ。魔女は五月に死ぬのだから」
 それでもいいなら、
「圭。私と一緒に、生きてくれる?」

3 / 3

クラゲの形をしたランプが吊るされた喫茶店には、珈琲の香りが漂っていた。
「あなたの負けよ。契約は履行されるわ」
ソーサ―に置かれたカップから湯気が上る。それが今は、冬の空気のように冷たかった。
魔女との契約。
それは「望みを叶える」手段だ。
賭けに勝利することで、勝者は現実を手に入れる。
「全員で生き残る。そんな『上乗せ』をしなければ勝っていたというのに……」
「……」
ベットするほどに叶えられる願いも大きくなる。
だからこそ『上乗せ』をした。
普通の方法では叶えられる願いではないとわかっていたから。
「だが、負けた。君の衝動は止まらない」
「……私の勝ちということだから、あなたには、五月に私といっしょに死んでもらうわ」
残酷に魔女はそう言った。
『ひとりにしない』真加部俊郎との約束もある。
圭は絶望に目を伏せた。

「俺は……君に心の底から生きたいと思って欲しかっただけなのに……」

3 / 3