東京ナンパ物語
目が覚めた時にはベッドの隣に女性はもういなかった。
「あぁ、もう帰ったか…」
男は一人ため息をついて、重い腰をあげながらテーブルに置いてあった常温のミネラルウォーターを飲み干す。
1Rの薄汚い部屋には昨日の夜中に家に来た女と一緒に飲んだ缶ビールと残りかけのチューハイ、簡単なつまみとして買ったポテトチップスがしけた状態で放置され、男は言葉にならない虚無感に包まれていた。
男の名前はタケシ。
年齢は30歳のフリーター。家から少し離れたところにあるコンビニでアルバイトをしながら、たまにパチンコなどのギャンブルでなんとか収入を繋いでいるが、ほとんど負けてばっかだ。
特にこれと言って趣味や勉強などしてることもなく、ただなんとなく怠惰な日々を過ごしていた。
お金が入ると都内の風俗に行って、その後に飲み屋に寄って一人酔っ払って帰るという空虚で低堕落な毎日。
そんな毎日のなかで、タケシは刺激的な出来事を経験することになる。
そう、ナンパである。
昨夜まで一緒に隣のベッドで寝ていたのは、昨日の夜に渋谷で出会ったばかりの女であり、その日のうちにSEXをして、いつの間にか女は帰っていった。
酔っ払っていたこともあり、連絡先を交換し忘れて連絡をする術がない状態。
「あぁ…また逃してしまったか…」
タケシがナンパを初めて経験したのは、つい1ヶ月ほど前であった。
それまでの女関係と言えば学生の頃に彼女がいたくらいで、ここ暫くは風俗嬢と会話をする程度。
いつものようにパチンコと風俗と飲み屋を1人でフラフラしていた帰り道、渋谷の少しはずれた交差点で突然の出会いがあった。
タケシのすぐ斜め前に信号が変わるを待つ、死んだ魚のような眼をしたまさしく「メンヘラ」という言葉がドンピシャな女。
タケシは少しばかりか酔いが回っていた。
信号が変わるのを待つ女は、ダメージの入ったデニムに、クロックス。右肩を徐に露出した少しヨレヨレなTシャツ姿。
コンビニで買ったのであろう缶ビールが何本か入ったビニール袋を脱力したような腕で持っていた。
タケシはナンパなどしたことはないが、無意識のうちにその女に近づいていた。
「あ、あのー…」
タケシは自分でも何をしているのかよくわかっていなかったが、酒の酔いに任せて女に声をかけた。
しかし、女は気付いていなかった為、タケシは女の真正面に立ってまた声をかけた。
「こんばんは。これから晩酌でもするんですか?」
すると、女はハッと目が覚めたように少し驚いた様子を見せたが、少しの沈黙の後にクスっと笑ったのだ。
「え、まぁ…はい。」
女は少し恥じらいながらも小さな声で答えた。
「そうなんですか?じゃあよかったら一緒に乾杯しちゃいますか?」
タケシは自分でも何をしているのかよくわからないテンションのまま女を誘った。
「いや…でもぉ…」
女が少しためらって警戒している様子を見せると、タケシは少し強引な口調で
「いいじゃんいいじゃん!ちょっとだけだよ。ね?いいっしょ?飲も飲も。」
女は少し酔っていた様子でいた。
タケシも勢いに任せてそのまま女の手を握り、何処へ行くかもわからないまま夜道を進んだ。
「てかお兄さん誰ですかー?こんな事して警察呼びますよー」
女はまんざらでもない様子で少し笑いながらも、手を握って歩いていた。
「お兄さん気付いてないかもしれないから念のため言うけど、私…付いてるよ?」
女が呟いた。
「え?」
タケシは話の流れがよくわかっていないまま一人でヘラヘラしながら、ホロ酔い気分を気持ちよく楽しんでいた。
「だから、私付いてるの。ほら!触ってよ。」
女はタケシの右手を強く握って、自分の股間にその右手を当てた。
「え?ちょ…」
タケシにはわかった。その右手の感触が男の象徴である竿だということを。
生温かく、少し膨張してるが柔らかさも含んでいた。
「だから…付いてるの」
ホロ酔いであったタケシもすぐに状況の把握ができた。
そう、声をかけたのはニューハーフであった。
タケシは一瞬戸惑いながらも手を離して、何も言わずにその場を立ち去っていった。
騙されたような気持ちと興奮状態が混ざり合い、お酒も入っていたせいか、タケシはさらなるスリルを求めるかのようにネオンがまだ光る渋谷の街へとまた足を運んだ。
興奮状態であるタケシの身体中にアルコールがかけ巡り、テンションはさらに高まっていた。
確かにニューハーフであったことには驚きと虚しさも覚えたが、タケシは未知なる世界が広がっていく可能性に興奮を覚えたのだ。
(よし…次こそは…)
タケシは心の中でそう呟き、周りを見渡した。
欲望の渦がひしめき合う街、渋谷。
タケシは静かに獲物を狙うハイエナのように一人歩き始めた。
タケシは本能剥き出しで、女のケツを追いかけていた。
最初に声をかけたのは、いかにも夜の仕事をしていそうな化粧濃いめの派手な服装をした女だった。
「お姉さん、これから仕事っすか?」
「……」
「…チッ」
タケシは舌打ちをされて華麗にスルーされた。
タケシは本能のままに近くを通りすがる女に声をかけては、スルーをされる。
そんなことを暫く続けていた。
すると、タケシの横を1人のOLらしき女性がゆっくりと歩いていた。
「…いける」
タケシはその直感を信じて声をかけた。
「お姉さん、こんばんわ」
タケシの声に女が少し驚いた様子で反応する。
「お仕事帰りですか?」
タケシが質問すると、「はい」と女は少し恥ずかしそうに頷いた。
「自分1人で飲むのも寂しいので、よかったら1杯付き合ってもらえませんか?」
すると女は
「ナンパですか?」
と、少しまんざらでもない様子で答えた。
女性の名前はメグミ。
どうやら会社の飲み会に無理矢理連れて行かれ、ストレスが溜まっていたようだ。
もう少しゆっくりと飲みたいと思っていた矢先に声をかけられた為、1杯くらいならいいかなと思って誘いにのってくれたようだった。
2人は近くにある少しカジュアルなBARに入った。
店内には数名の客と、ヒマそうにしているバーテンダー。
店内に流れる少しムーディーなBGMがタケシの興奮を高めた。
メグミも少しお酒が入っていた為か、初対面にも関わらず気さくに話すことができた。
26歳のOLで、周りは年配のおじさんだらけの職場。
会社の愚痴と上司の武勇伝を聞かされる、サラリーマンの定番な飲み会ばかりに付き合わされるようだ。
「ところで、タケシさんはどんな仕事されてるの?」
自然な会話の流れでメグミは質問した。
「俺はまぁ、一応IT関係の仕事だね」
タケシはくだらない嘘で身を固めた。
「へぇー、ITなんだぁ。なんかカッコいいなぁ」
メグミは憧れを抱くような口調で右手に持ったカクテルグラスを見つめながら呟いた。
「まぁ、そんな大した事ないよ。毎日仕事で飽き飽きしてるよ。」
タケシは毎日低堕落した生活とは対極的な嘘を話した。
「もう仕事には飽きたからそろそろ独立もしようかと考えててね。そんな話を上司に話したらちょっと揉めちゃってさ。」
タケシは少しメグミに身体を近づけた。
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