言葉の瓶
「これは"言葉の瓶"というものだよ。この中に誰かに伝えたい言葉を入れて願ってみてごらん。誰かにきっと届くよ。」
母はそう言って私に瓶を渡す。片手に収まるほど小さな小瓶だ。
「こんなのに言葉なんて入れられるの。」
「私も昔はそう思っていたよ。でもね、違うの。言葉は"入れられるの"。伝えたいって強く願えば願うほど。」
「ふうん。」
私は嘘だと思いながら返事をする。家の窓から見える空の雲はゆっくりと動いている。
ぼんやり見つめているとなんだか不思議な気持ちになった。
「この世界のどこかにいるあなたへ。あなたは私の運命の人。いつか出会える事を信じて、この言葉を伝えます。心の底からあなたのことを愛しています。私に出会う前に死なないでね!」
なんて中学二年生が思いつきそうな言葉をビンに入れてみた。
自分の名前も入れずに。相手に届くかどうかも分からないのに。
私はこのビンを近くの川に流すことにした。
二月のまだ冷たい川の水にビンを投げ込むと
下流に向かってビンがヨッコラヨッコラと流れていく。
私は少しずつ小さくなっていくビンをボンヤリと眺めていた。
「おい!運命の人だってよ!」
どこのどなたのかわからんが、あいつに拾われたのは不幸だったと思う。きっとあいつは話のネタで終わらせてしまうだろう。
運命に選ばれるなんて少し羨ましいな、なんて言い出すことはできない。この場では真面目に受け取らず、笑い飛ばさなきゃいけない。そういう不可視のルールがあるのだ。
でも、そんなルールを守る必要があるのだろうか。勇気を出そう。あの瓶を自分のものにしてしまおう。選ばれる権利は信じる僕の方にある。
「あ、あのさその瓶…」
「でも俺さ、運命なんて信じたことないけどさ、不思議とこれは信じられるんだよな。というか、信じてるとすげー心があったかくなるんだ。」
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